今は深夜だ。ということで深夜テンション突入。ポエムを書いていこうと思う。

(カテゴリ:ポエムの記事は敬語をやめることにした。ポエム感が出ないため。)

ポエムはお前誰やねんwみたいな妙に上からの視線で書くものらしいのでそうしてみようと思う。

眠くなったら適当に書くのをやめる。

さっきまで外国人と喋るためのDiscordサーバーの公式サイトを作って遊んでいたため、(私がオーナーなので私がやればなんでも公式) ちょうどいいので私の英語遍歴と思想()を書いてみようと思う。

立ち位置

私は英語の授業があんまり好きではない。数学の授業よりは好きだけど。。(数学やれ)

中学生になるまでアルファベットすら書けなかったわけだけど、今は人並み以上には話せると思う。

なぜかというと、中三の夏行ったカナダで、

。。お前またその話かよ。となるし関係ないのでここではその話はしない。

「英語は文法なんてどうでもいい!コミュニュケーションしたいというハートが大事なんだ!日本人はシャイ過ぎる!」という文章が書きたいわけじゃない。普通に文法は大事だし。

ここでは私が(カナダに行く前から)どうやって英語に触れているか書いてみようと思う。

中一のとき

中一の時担任が英語の先生だった。担任が英語だと当然授業もその先生から受けることになる。

その先生はめちゃめちゃ真面目でかつ授業もうまく、何より可愛かったので人気だった。

でも私は始めアルファベットすら満足に書けないレベルのうんこだったので、毎回の授業前に行われる小テストは正直地獄だった。(中高一貫は割と始めはみんなそうだと思う)

一番最初は “Hi, I’m Yumi.” レベルの内容だったのに、「ハイはエイチにアイ、アイムのアイは大文字で、ユミの最初は大文字。。」みたいなことをいちいち考えなくてはならなかった。

しかも放課後、確か数点以下の人は毎日再試が行われていた。(先生が真面目なせい。)私はほぼ毎日連勤していた気がする。ただ、不真面目な気質が災いし再試に呼ばれまくっていたが、変なところで真面目なのできちんとそれは受けていた。

要するに一ミリも得意じゃないしむしろ一番下の方だったのだけれど、私は英語を嫌いではなかった。

英語の発音の感じが好きだったからだ。特に初めて先生が発音してみせた単語が “water” だったのだけど、ウォーターじゃなくてwaterなんだな、とその時なんか察した。

先生がwaterと言っただけで教室が相当静まり返ったので、多分みんな同じような感銘を受けていたんだと思う。

その先生は留学経験もあってフランス語も流暢に喋れるらしいので、発音の面で大当たりの先生だった。まあ他の先生に習ったことがなかったので当時はよくわからなかった。

普通にネイティブみたいな発音だった。私はあれ以上うまい日本人の発音を聞いたことがない。

もう一度言うが、私は不真面目だった。だから、ノートに和訳は一切書かなかった。これが英語力を上げるきっかけになった気がしないでもない。

中二のとき

気づいたら二年生になっていた。去年の先生は体調不良でいなくなってしまった。

次の先生は太り気味の中年の男性の先生で、異常なほどに文法を重視していた。(それも大事だと思う。)あと毎回メガネが違くて、おもしろかったのでノートに色をメモっていた。

板書の量がかなり多かった気がする。でもあまりよく覚えていない。普通だったかもしれない。

でもその先生の一番の特徴は、筆記体で授業をすることだった。

初めての授業の時、「はいみんな、去年と同じように小テストをこれから毎回やっていきます。もちろん次の授業でもです。テストの時は必ず筆記体を使うように。書いたことないと思うけど、ちょっと勉強すればできます。毎年できてますから!」と言ったのだ。

テストは隣の人と交換して採点する方式なので、まだ始めてのクラス替えを終えたばかりだった私たちは隣は基本知らない人だったため、仕方なく初日に筆記体を覚えた。

先生の字はめちゃめちゃ雑で去年の先生が嘘みたいだった。去年の先生は優しいのでなるべくブロック体で書いてくれていたし、おまけに驚異的な字の上手さだった。あと声は本当にうるさいし、(おかげで割とみんな真面目に聞いていた)、発音はかなり日本人的だった。

先生は S V O C 、「第何構文」を教科書の例文ほとんどにふらせた。みんな、これはSでこれはVでこれはC 。。というのがわかるだけでなく、第何構文と呼ばれるかさえ一瞬でわかるのだ。

私はわからなかった。いけない生徒だったからだ。家で全文教科書の文を写さなければならないのに、やってきた試しはなかった。

SとVとOとCはともかく、文章に番号が必要なわけないでしょ、みたいに思っていた。

なので私は今でこそ少しはわかるけれど、この時はSVOCが全然できなかった。

この時の成績は覚えてない。先生がおもしろいことを言ってくれると楽しかったけど、授業的にはつまらなかった。SVOCをふるのが猛烈に嫌いだったので。

でもこの先生に出会えたことですぐに筆記体が書けるようになったし、そういう文法面での捉え方も割と重要だと知れた。

でも本当に英語が喋れる人は文法なんか意識しちゃいないだろうって、今でも思っている。

中三のとき

中三は変化の年だった。Scratchを始めた。(正確には中二の終わり。)

それまで全くネット環境に身を置いたことがなかったので、知らない人と話すのはそこそこの恐怖だった。

北海道の子とチャットしてる。。!すごい!!!レベルにピュアでもあった。(別にメールでもできる。)

よし、外国人向けに何か作ってみよう、と当然なったのだ。

中二の終わりころに作ったプロジェクトを見てみた。

Do you know “kanji”? Kanji are so cool characters from China. I’m so sorry but this quiz is only one yet. I want to your advice! Would you give me nice comments?

うん、盛大に文法が間違っているが割と頑張っている。(思い出なので直さないでおいた)

今はあまり覚えてないけれど、思ったよりうちの学校の英語はハードだったらしいことがこれでわかる。(もう一度言うがこの2年前、私はアルファベットがかけない小学生。)

全然覚えてないけれど、英語の授業は嫌いだったのにコミュニュケーションはしたかったらしい。

えらい。。。!!!

肝心な授業の点だが、この年は担任が英語の先生だった。発音はそこそこ上手。

しかし、大変申し訳ないのだが一切授業の記憶がない。土下座。

えらくない。。!!!

多分この頃は我英語いけるわと思い始めた段階だった上に、全文を写す工程をやはり授業中にやらなければならず、文章も長くなってきたので、そっちが大変だったんだと思う。

この先生は基本すごく優しいのだけど、一度熱を出すレベルに怒られたことがあり、今でもトラウマ。

怖い顔で怒られるとソッコーで体調が悪くなる。多分受験期に何かあったんだと思う。記憶にはない。

この時小テストは割と悪かった。先生が〜点以下はやばいですねと言うとき基本入っていた。

でも模試で英語の成績が予想よりマシだったせいで苦手感はなかった。最悪w

課題はちゃんと出していた。遅れたこともあったっけ。でも出していた。

高一のとき

ここで、ノートを全部は取らなくなった。

は?となると思うが、重要なところを教科書にメモる程度になった。

こうしたことで、そこそこちゃんと話を聞けるようになった。あと大して勉強してないのに小テストが取れるようになった。

多分スペイン語を始めたからだと思う。スペイン語を英語で勉強したらその間だけ英語が母国語みたいな感覚になる。そうしたら英語の何かがわかるようになった。(よくわかんないけどわかるようになった気がする。)

カナダに行って帰ってきただけなのに、もともと聞き取れていたと思っていた英会話の先生(うちの学校は中一から週に一回イギリス人ネイティブによる英会話の授業がある)の英語が全て完璧に聞き取れるようになった。まじでびびった。前は一部しか聞き取れていなかったとわかった。すごい。もうなんかみんなになんて言ってたの?ってたまに聞かれる。(ちなみに理系なのでもう二度と受けられない。私はずっとなぜか一番前の真ん中の席だったから特によく覚えられていたけど、先生は日本人の名前も完璧に覚えていた。名札がなくてもわかってくれた。先生4年間ありがとう!楽しかった(発表をさせられた時以外。))

あとDiscordで外国の人と話すためのサーバーも建てた。いろんなサーバーにも入ってみた。トラブルもあったけど私が建てたとこはいつも平和。

特に何も考えなくても、ぼーっとしてても英語が読めるようになった。

ただ、宿題も遅れるようになった。他の科目でもそうだった。一瞬だけ理由はないけど何かの拍子に鬱みたいになって一週間ほど全ての気力をなくし学校を休んだ時期があって、その時から宿題を提出日に出せなくなった。

先生は何歳だろう。。最低でも50代の女の先生で、ビシッとやる!が口癖のいろんなネックレスを持ってるおしゃれな人だった。

初めは怖い人だ。。と思っていたけれど、実は優しい人だった。

期末の前、冬休みの課題の提出を途中までしか出していない私に「昨日は今日までって言ったけど特別に試験当日に見せてくれたら見る」と言ってくれた。

結局コロナで試験は無くなった。申し訳ない。

この先生は結構好きだった。もう授業受けられないのか、残念だなあ。

差されると英語を読まされ、和訳を読まされた。和訳を書かない上に異常なほどの緊張しいな私は、英語は割とスムーズに読めても和訳でいつもへどもどしながらちんぷんかんぷんなことを言った。日本語と英語は文法が違うから、すぐ脳内変換することは難しい。(意味はわかってるつもりでも。)

それでも先生は全生徒に和訳を書くことを強制しなかった。答えるのがゆっくりでも待ってもらえた。ありがたかった。

この頃洋楽にハマったこともあり発音はちゃんとしなければいけないと思っていたので、かなり恥ずかしいけど意識して読んでいた。今でも余裕で恥ずかしい。というか普通差されたときはみんなシャイなので日本語っぽく読む。だからより恥ずかしい。みんなも英語らしく読めばいいのに、と思う。

でも席が近かった英語好きの友達に英語うまいねと言われて結構嬉しかった。

いつかエドシーランのGalway Girlのラップのところを歌えるようになりたいってずっと思ってる。

まとめ

めちゃめちゃ時間かかった。書き始めたの00:30。今は02:00。

時間かけすぎや。

でも英語は好き。でも話したいなら外国に住むに限る。困る。